Profile

●郁さん
●都内特別養護老人ホーム
●介護福祉士
●東京豊島IT医療福祉専門学校卒
●社会人3年目

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これまでのキャリア

アメリカの大学に留学

サンフランシスコに留学をし、普通の大学の音楽科に入ったのですが、元々ピアノ科卒だったので「あなたには教えることはないよ」と言われ、行った矢先に入る大学を間違えたと思いました(笑)
結局3年半アメリカにいて日本に帰国するのですが、途中からLAに引っ越したり、レストランの接客のアルバイトを2年したり刺激のある日々を過ごせたし、語学も身に付いたしでなんだかんだ納得して帰って来れました。
特に、レストランでのアルバイトは日本と違ってお給料がチップ制なので、私の接客次第でお金がもらえるという点でやりがいもあったし、わざわざ私に会いに来てくれるお客さんもいたり、私もお客さんのことを覚えたりと楽しい職場でした。

日本に帰ってきてやりたかったこと

元々空港が好きだったので、羽田で働きたかったのですが、なにか普通ではない変わったことがやりたいなと思いふと空港で見かけたリムジンバスの案内人の女性に興味を持ち、応募してみたら受かったので、働くことにしました。
お客様を案内したり荷物をバスに運んだりするのですが、例えば米軍の人の軽々しく持っている荷物を運ぶ際にあまりにも重すぎて持てなくて、米軍の人に助けてもらってました。
とにかく普通じゃないことをしたかったので、そのあとはYahooで働いていたのですが、問い合わせメールに対して24時間以内に返信をする仕事なんかもしていました。

祖母の世話が出来なかった悔しさから介護職に進むことを決意

台湾の祖母の家に遊びに行った時に、元々おばあちゃん子だったので、体の不自由なおばあちゃんのお手伝いや、お世話をしたかったのですが、おばあちゃんが何を必要としているか、どうしてあげたら良いのかが全然わかりませんでした。
たとえば、どっち側に立って付き添って歩いたらよかったのかとか、動線や危険を予測して導いてあげたりとか、孫なのに助けることができなかったのが凄く悔しかったです。
まずは、ヘルパー2級のコースに3か月通い、デイサービスで少し仕事をしたのですが、私がやりたい事と何か違うと思い、介護士の資格を取得する為専門学校に通い、資格を取り、介護福祉士として老人ホームで働くことになったのが今から3年前になります。

仕事内容

とにかくおじいちゃんおばあちゃんがかわいい

私が働いている施設は昔からある老人ホームなので、1フロア50人で4人部屋になっていて日中は8人で見ています。
特にフロアの形が変わっていて、ロ型になっているので、迷わず戻って来れるのが特徴です。
お年寄りの方の食事、排泄、入浴の介助をする中で、ほとんどが認知症なので、例えば目が見えないおばあちゃんが声で私と判断してくれたり、覚えていてくれるのが本当に嬉しいです。
おばあちゃんの誕生日にお花が届いた時に私が「何歳になったの?」と聞いたら「20歳だよ」と答えたり、
突然「かんぴょうまき!」と叫ぶおばあちゃんに、「かんぴょうまきが食べたいの?」と私が聞くと「歯がないから食べれないよ」と明るく答えたり、とにかく可愛らしい人が多いのに、周りにはよく大変な仕事だよねってよく言われます。叩かれたり噛まれたりすることもあるけど、かわいいなと思う所の方が多くて、あまり苦ではないんですよ。
人生の大先輩に「ありがとう」て言ってもらえるって凄い事だと思うんです。

最終的な私の役割は「死」の質をよくしてあげること

長い人生の中で看取りまでの1番最後の世話ができるのがこの仕事の醍醐味だと思います。
だからこそ死の質をよくしてあげたい。
その人らしく、苦しまずに旅立つ事が出来たときの穏やかな顔をした、おじいちゃんおばあちゃんのエンドロールに自分がいるって凄いことだと思うんです。

ご縁があったから、その人の人生に少しでも参加する事が出来たって感じるんですよね。

終末期になると、どうしても寝たきりになってしまう人が多いので、最後の最後まで寂しくないように最低でも1時間に1回は見に行ったり、ラジオやCDをかけたり、とにかく声をかけに行ったり。

「あなたに出会えてよかった」と思われる介護士になりたいです。

介護は恩返し

私は9歳の娘がいてシングルマザーなのですが、自分の子供を見ているように、自分が子供の時やってもらったことを恩返ししているだけで、私はあまり辛いと感じないです。
家族が看るには、元気な時を知っている分大変。だからこそ介護士が必要だと思います。

これからのキャリア

娘の為にも仕事はずっと続けたい

実務経験が5年以上あれば、ケアマネージャーや介護講師の受験資格を獲る事が出来るので、ゆくゆくは資格をとって、視野を広げたいと考えています。
ただ現場は好きなので辞めないと思います。
もし私の体が不自由になって現場から離れないといけなくなった時の為に、最後の最後にとっておきたいです。
今はどうしても仕事が優先で、授業参観とかになかなか行けないのが娘にはに申し訳ないと感じてます。
なるべく娘と一緒にいる時間を作ったり、娘が食べに行きたいところや、散歩したいときに一緒に行ったりしています。

近い将来、厚生労働省が介護を専門職として認めたら講師も考えたい

現在日本の介護士はインドネシア、フィリピン、ベトナムの3か国の労働者を受け入れていますが、近い将来どこの国籍の人でも受け入れることになるらしいので、その時は講師も考えたいと思っています。

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