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神閑風香
化粧品会社美容部員を経て、現職イベントコンパニオン
私立都内女子大学卒
社会人2年目

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これまでのキャリア

幼少期ではアメリカで生活。どんな生活でしたか?

6歳〜10歳に父の赴任でアメリカのニュージャージー州に在住していました。約15年前になりますね。

その頃はまだ日本文化が広く知られていないということもあって、アジア人という括りで皆同じに見られていました。中国人も韓国人も日本人も皆同じで、アジア人というだけで挨拶をしてもらえなかったり、差別やイジメにあったこともありました。

最初の1、2年は英語が全く喋れなくて、周りに溶け込めない、毎日学校に行きたくないと嘆いてましたが、2~3年経ち環境にも慣れてくると、インドや韓国から来た子たち仲良くなれました。

寝袋を持って5.6人で友達の家に泊まって夜映画を見たり、パジャマパーティをしてなんだかんだ楽しんでたのを覚えてます。

やっと環境にも慣れて、頑張って得た英語で皆と意思疎通ができるようになったところで、日本への帰国が決まってしまい。。
せっかく仲良くなった友人関係が崩れそうですごいショックでしたが、また会おうねと小さいながらも約束しました。

アメリカ文化と日本文化の違いに苦難の日々

アメリカから帰国して、10歳の時に日本の小学校に通い始めました。でも、当時アメリカ文化と日本文化の正反対の文化を受け入れることができなくて、正直毎日が苦しかったのを今でも覚えてます。(笑)

アメリカは個人主義なので、自分の意見を言うことによって、自立していると評価されるんですね。でも、日本文化は皆と同調すること、謙譲を美徳とし、集団主義に重きを置きますよね。

アメリカの文化が染み付いてしまっていた中学生の私は、他の皆と違う意見を言って同調できていない変な人と言われ、かなり浮いてました。(笑)全く馴染む事が出来なかったのが実情です。

まぁ、インターナショナルスクールに行ってれば少しは気持ちにゆとりができてたかもしれません。(笑)
今は、他国の文化の相互理解が必須と謳われてますが、10年くらい前はどうしてこんなにもアメリカ文化と日本文化、両方を大切っていう考えがないのかなぁって思ってました。

疑問に思いながらも、中高では英語は良い成績で、なんとなぁく過ごしてましたね。

なので、高校に進学し、いざ受験勉強となった時は、苦労しました。幼少時代に耳から入った英語の私のレベルとはかけ離れていて、なんとなくできた中学英語は、きちんと勉強しないと成績が取れない難しい高校英語に変わってました。

文法書を舐め回すように勉強して、単語帳が破れるまで使ったのを今でも覚えてます。

大学進学で海外に行きたいっていう想いもあって、海外の大学に通うか迷いましたが、とりあえずは日本の大学にしようと決めて受験勉強に集中してました。

しかし、今思うとやはり海外に行きたいと自分が強く思ったのなら行っても良かったのかなあとは思います。まあ、結果論ですが(笑)

大学では、英語コミュニケーションの勉強に励みました。

半年間の留学を通し、心理学を専門的に勉強し、ボランティア活動等経験しました。また、通常のクラスではディスカッションやディベートの学び、ゼミでは、『異なる文化の相互理解』について研究しました。

今思うと、少人数で面倒見が良いこの大学に通って、英語コミュニケーションの核を一から学ぶことができて本当に良かったなぁと思います。

アメリカと日本、そして欧米とアジア、相互の文化の違いに苦難しましたが、私が今でも英語が好きなのは、やはり英語は私の一部だからです。

人種のるつぼと言われるアメリカで、幼少時代から様々なバックグラウンドを持った方と英語をコミュニケーションツールとして多くの方の考えを聞き、多様な文化を持った人と接してきたからこそ、日本にいる私は両方の文化を柔軟に理解していると思います。

そしてインバウンドでの旅行客が増えてる中、多文化の理解、多様性を受け入れる姿勢が必須であり、その様な人をどんどん増やしていきたいです。

メイクはコミュニケーション?

大学では、英語コミュニケーションを専門的に学んでいたと申しましたが、中でも、ボディーランゲージやアイコンタクトといった非言語コミュニケーションの研究が本当に面白くて、よく論文を読んでいました。

非言語コミュニケーションとは、言葉以外の手段によるコミュニケーションのことです。例えば、ジェスチャーや、顔の表情、体の姿勢等ですね。

皆さんは、メイクアップが、非言語コミュニケーションの1つだというのは知っていましたか?
私がこの事実を知った時は、驚いてメイクアップがコミュニケーションツールってどういう意味かな?って思ってました。

研究しているうちに、メイクアップが非言語として自分を表現する1つのツールであること、自分の潜在意識と密接な関係にあることを知って、これらを英語で研究してました。

卒業論文もメイクアップとコミュニケーションの関わりを調べて、ひたすら文献を探してて他大学に行って毎日本漬けで本当にすごい楽しかったです。

何かをする時に、そういう風に自分がワクワクする気持ちって本当に大事だなと思って、自分が好きなことを仕事にしようと決めてました。

就職活動では、接客/美容/英語の軸にハマったところで活躍したいと思い、客室乗務員・外資系ラグジュアリーブランドの販売員・ウェディングプランナー等受けていましたが、そのなかでファーストステップとして化粧品会社に美容部員枠で入社しました。

ちょうど卒論もメイクアップについて研究していて、その素晴らしさを多くの人に伝えたかったので入社できることが楽しみでした。

メイクアップは、人生を変える力がある

実は美容部員になる前から、ずっと信じていることがあります。それは、「メイクアップは人生を変える力がある」ということです。

全ての人の外見が美しくなるのはもちろん、内面も凄く前向きになれるんです。
例えば、病気がちな女性がメイクをすることによって精神がプラスの方向に行く臨床が証明されてます。自信を持ち向上心が生まれて、潜在意識が上がります。

気分が落ち込んでる時に、例えば好きなブランドのリップを塗りますよね。その時に鏡できちんと自分の現状も見るんです。

今の自分の現状を理解して受け入れると、気分も落ち着きますし、前向きに強くなり、心の安定と、リップを塗った自分の外見の美しさを実感できます。

病気の方だけではなくて、健康の方も外見はもちろん、内面の美しくなる魔法をかけてあげたかったんです。なので、美容部員の道に進みました。

仕事内容

お客様の要望に応え、お客様が美しいと感じていただく手助けをしたい

カウンセリングでお客様の悩みや要望を聞いて、その人にあった化粧品の提案をすることが美容部員の役目です。

私が働いていた化粧品会社では、テクスチャーや香りからリラックスできる、忙しい時間を忘れてスキンケアをするときやメイクアップをする時だけは、ホッとするような時間を過ごせる安心できるよう作られているのが凄く魅力的で、お客様に商品の魅力を伝えてました。

今自信がない人や、すでに美しい人にスキンケアやメイクアップを通じて、より美しくなっていただくための提案をしたいと思って働いていました。

美容部員からイベントコンパニオンに

英語のコミュニケーションをもっと大切にする仕事、いずれは海外でも働きたい、常にステップアップをしたくて美容部員を辞めて、以前からのイベントコンパニオンの仕事に復帰しました。

展示会があった時の受付やご案内、お出迎え、また、PRコミュニケーション、展示品の説明、アテンドケア(表彰式や通訳、VIP対応)等、コミュニケーションがとても大事な仕事で、特に私は英語のコンパニオンの仕事が多く、海外の方をメインに接客しています。

自分がその企業様の顔になるので、当然ですが責任を持ち、笑顔を絶やさず受付やご案内等をしています。

VIP対応は、臨機応変の対応、プロフェッショナルの接遇が求められるので、気を引き締め業務を遂行してます。海外の方と接することが多いと日本の顔にもなるので、日本のおもてなし文化をきちんと伝えられるよう、努めてます。

これからのキャリア

日本のきめ細やかなおもてなし文化を、もっと世界に広めたい

私は、海外で着物を着ながら、イベントコンパニオンという仕事をグローバルにしたいんです。

以前スペインでMobil World Congressという展示会で、Huawei様にお世話になりました。

着物の接遇モデルとして日本代表として行ったのですが、世界各国現地の外国の方に日本の接遇を喜んで頂けて。それがすごく凄く嬉しくて、着物の文化・日本人のおもてなし文化を継承していこうと決めました。

日本のサービスはやはり、世界的に見てもきめ細やかで礼儀正しくて、真面目なので、その文化を背負って、和服を来て世界中の方を接遇して、もっと世界におもてなし精神を広めて行きたいです。

日本の古来の三道(華道・茶道・書道)も経験してるので、これらも伝えていきます。

近い目標としては、東京オリンピック2020年に、着物を着て英語でおもてなしします。多くのVIPの方々を接遇し、日本のきめ細やかなサービスを伝えることで、日本のおもてなし精神の文化がある存在価値を上げていきます。

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